企業ステーションHida

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名前

渡邉 久憲

わたなべ ひさのり

会社名

蓬莱醸造元 有限会社渡辺酒造店

現在の役職

代表取締役社長

『人生万事塞翁が馬』
今だからそう思える。
「ピンチはチャンス」

経歴

  • 1987年 県立斐太高校卒業
    進路に経理の学校を選んだのは、将来、経営の道を意識して・・・などということはまったく関係なく、とりあえず地元から離れたかったからです(笑)大阪でしっかり遊ぶぞ!しか頭になかった。
  • 1987年 関西経理専門学校入学~強制退学からの放蕩
    入学するも、開放感から遊び呆けて出席日数が足りず強制退学。以後、アルバイト、賭け麻雀、賭けビリヤード、競馬で生計をたて、友人宅を転々としていました。
  • 1990年 独立行政法人酒類総合研究所入講
    家業である酒蔵を継ぐため、酒造り修行の旅がスタート。まずは、発酵学の総本山「酒類総合研究所」にて製造技術、品質管理、きき酒を学術的に習得しました。
  • 1991年 白馬錦酒造入社
    伝説の名杜氏「猪股賢治」師匠に酒造りのイロハを教わりました。帰省中、実家の蓬莱を呑んで、粗悪な味に驚いたのもこの頃です。
  • 1996年 賀茂泉酒造入社
    念願かない憧れの「純米酒の聖地」広島の賀茂泉酒造へ。当時最先端であった軟水醸造法と純米造りの極意を学びました。
  • 1998年 実家の渡辺酒造店入社
    「良い品質の酒を造れば必ず売れる!」そう信じて、お酒の品質向上に全力を尽くしましたが、ヒエラルキーとリベートの壁が立ちはだかり、売れない。売れないどころか売上が減っていきました。
  • 2001年 渡辺酒造店 専務取締役就任
    酒類販売規制緩和のあおりを受けて、最盛期には約4億円あった売上高は、2002年に約2億円まで激減し、会社が危機的な状況に陥るも、どん底の谷間で開眼。
  • 2010年 渡辺酒造店 代表取締役社長就任
    「Sake is Entertainment!!!」を哲学とした独自の「エンタメ化経営」で再建。売上高が30年間右肩下がりの日本酒業界において、17年間連続で増収増益、年商約400%の成長を達成。
  • 2011年~2020年 「人を心の底から笑顔にするのが日本酒」を哲学として、エンタメ化経営で経営を加速
    国内唯一、「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」において「グレートバリュー・チャンピオン・サケ」を2016年と2020年の2回受賞したほか、「世界酒蔵ランキング2020」においても第1位を獲得。
  • 2021年 初の著書『日本酒がワインを超える日』発刊
    渡辺酒造店の快進撃、その秘訣となる「エンタメ化経営」の謎を解き明かしながら、エンタメとしても楽しつつ追体験できるノンフィクションストーリーです。Amazon.co.jpベストセラー「日本酒(本)」第1位

人生の分岐点

どん底を経験すれば、「ピンチはチャンス」を信じられます。2002年34歳の時、売上が半分に激減、「このままでは創業130年の酒蔵を廃業せざる得ない」という地獄を見てからは、もうこれ以下はないだろうという感覚が私の中にあります。V字回復したいまからすれば、渡辺酒造店の成長ストーリーとしてなくてはならない時期でした。もちろん、当時は必死だったので「ピンチはチャンス」などと到底考えられません。でも必死でもがいて、「お客さんの笑顔が見える酒造り」という原点にたどり着いて、そこから考え抜いた施策でその危機を脱したら、チャンスもやってきた。「人間万事塞翁が馬」といいますが、本当にその通りです。逆鏡は経験しないで済むのであれば、しないほうがいいものではありますが、もし経験することになっても悪いことばかりではないということです。

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名前

間所 愛佳

まどころ あいか

会社名

株式会社 飛騨ダイカスト

現在の役職

生産管理係時短社員(産休後子育てのため)

結婚を経て、子育て中!
短時間勤務制度を利用して、仕事と子育てを両立しています。

経歴

  • 飛騨高山高校卒業
    当時、自分のやりたい事(夢)がみつからず卒業後は地元就職することにした。
  • 株式会社清水屋入社
    接客の基本や、楽しさ、難しさを学び経験することができた。
  • 清水屋退職後、㈱テクノサービスにて派遣登録し、電子機器製造会社へ派遣社員として製造業で働く
    派遣社員として、製造業の会社で働くことによって、ものを作ることのやりがいを感じた。
  • 株式会社飛騨ダイカストへパート社員として転職
  • 結婚
  • 第1子出産→育児休業
  • 会社復帰後、正社員に登用
    パート社員だったので、退職しようと思ったが、正社員として職場復帰
  • 第2子出産→育児休業
  • 時短社員として現在に至る
    短時間勤務制度を利用し、2名の子育てと仕事を両立している。

人生の分岐点

現在も在籍している㈱飛騨ダイカストに入社したことが、私の人生の分岐点です。「子育て支援の制度」と「一緒に働く社員の方の理解とサポート」のおかげで、仕事と育児の両立ができ幸せな日々を過ごせています。学生時代は、「将来やりたい事」がみつからなかったけど、今まで経験した事、出会った人たちのおかげで今の自分があり、自分の力になっていると思う。

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名前

松場 慎吾

まつば しんご

会社名

株式会社HIDAIIYO

現在の役職

代表取締役

カリフォルニアでスケボーしたい!
広い世界から見えたのは、世界の中のアジア、日本、そして飛騨。

経歴

  • 吉城高校卒業
    飛騨の狭い世界から抜け出したい、広い世界をみたい
  • 横浜国立大学経済学部入学
    カリフォルニアでスケボーしたい
  • カリフォルニア州立大学交換留学
    世界の中のアジア、日本、飛騨を知る
  • クレディアグリコル銀行入行
    実力主義の世界でグローバルに活躍したい
  • ケンブリッジ大学経営大学院入学
    白洲次郎に憧れて、人生リセットして夏休み
  • 株式会社HIDAIIYO
    地域×起業でほしい未来を自分でつくる

人生の分岐点

スケートボードにはまったこと。
スケートボードのカルチャーはカリフォルニアから東京を経由して飛騨に入ってきたので、目線が東京、そしてカリフォルニアへと向いた。
当時初めて日本人スケーターがLAで活躍するケースが出てきていたので、自分もいつかカリフォルニアに行きたいと思った。
実際に行ったら、スケボーのおかげで友達ができた。
スケボーやれば人生変わるよ。

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名前

清水 洋平

しみず ようへい

会社名

牛丸石油 株式会社

現在の役職

営業部 販売促進課

Uターンで地元に根付く仕事にコミット。
周囲への感謝を学び、縁に感謝の毎日です。

経歴

  • H15.3 岐阜県立飛騨神岡高等学校卒業
    父親の仕事の大変さを近くで見ていて、真逆の道に進みたいと思い、進路を会計の専門学校にしたのだと思います。
  • H15.4〜H17.3 会計の専門学校(2年制)入学・卒業
    【取得資格】
    ・全国経理教育協会簿記能力検定上級取得
    ・宅地建物取引主任者試験合格 他
  • H17.4〜H19.6 ガラスメーカー入社(製造所の経理として勤務)
    原価計算や管理会計を学ばせていただきました。
  • H19.7〜H30.3 地元の商工会議所入所
    地域振興や行政施策の活用支援を通じて地域の事業者様の経営サポートができるよう努めていました。どちらも難しいテーマで、自分の経験・能力不足を感じていまいたが、そんな中でも自分に何かできないかと思い、日々の業務やスキルアップに取り組んでいました。
    【取得資格】
    ・FP技能士2級取得
    ・中小企業診断士第2次試験合格
    ・中小企業診断士 登録
  • H30.4 牛丸石油 株式会社 入社
  • 〜R3.3 セルフ高山三福寺SS 配属
    カーメンテナンスや接客を学びながらSS運営に携わらせていただきました。
    【取得資格】
    ・危険物取扱者免状 乙種4類
  • R3.4〜 営業部 販売促進課 配属
    主に販売促進・広報が主なお仕事で、お客様に少しでも喜んで弊社のサービスを利用していただけるよう上司や同僚と日々試行錯誤しながら取り組んでいます。

人生の分岐点

大袈裟ですが、Uターンで地元に帰ってきたことが人生の分岐点であったと思います。帰郷後の仕事や生活によって得られた繋がりが私の一番の財産になっているからです。また、仕事と生活が密接に関わる地方部での暮らしによって、仕事も生活も一人では何もできないことに気付き、周囲への感謝の気持ちを学ぶことができました。今後も関係する方々に日々感謝しながら人とのご縁を大切にしていきたいと思っています。

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名前

平澤 怜奈

ひらさわ れいな

会社名

一般社団法人 飛騨市観光協会

現在の役職

案内人事務局

小さな分岐点の積み重ねで今が在る。
後悔の少ない過ごし方を。

経歴

  • 飛騨高山高校卒業
  • 学校法人 滋慶学園 東京コミュニケーションアート専門学校 エコ・コミュニケーション科 入学
    目標 : 動物園飼育員になる
  • 学校法人 滋慶学園 東京コミュニケーションアート専門学校 エコ・コミュニケーション科 卒業
    学園生活中にアレルギーを発症
    地元に戻ることを決意
  • コンビニエンスストア アルバイト
  • 一般社団法人 飛騨市観光協会 入社
    地元に少しでも貢献したい

人生の分岐点

アレルギーを発症することがなかったら、地元に戻ってくることはなかったと思います。
ただ人生は小さな分岐点の積み重ねでできていると考えています。これからも後悔の残らない過ごし方をしていきたいです。

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